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串本とトルコの絆をたどる|トルコ記念館とエルトゥールル号の物語
和歌山県の最南端、本州の南に位置する串本町。
この町には今、民間ロケットの射場がつくられ、宇宙へと広がる未来に注目が集まっています。宇宙ふれあいホールSora-Miruもまた、ロケットや宇宙を身近に感じられる場所として、多くの方に訪れていただいています。
けれど、串本町の魅力は宇宙だけではありません。
足元に広がる海を見つめ、町の歴史をたどっていくと、そこにはもうひとつの「世界とのつながり」があります。
その物語を今に伝えている場所が、紀伊大島にある「トルコ記念館」です。
エルトゥールル号遭難事故と救助の流れ
日本への親善訪問
オスマン帝国から日本へ派遣された軍艦エルトゥールル号が、任務を終え帰国の途につきました。
樫野埼沖での遭難
串本町の樫野埼沖で暴風雨に遭い、岩礁に衝突して沈没しました。
串本の人々による救助
地元の人々は生存者を救助し、衣服や食料を分け合いながら懸命に介抱しました。
日本とトルコの友好へ
この出来事は、日本とトルコの友好を語るうえで欠かせない物語となりました。
エルトゥールル号遭難事故と串本の人々の救助
トルコ記念館に一歩足を踏み入れると、エルトゥールル号に関する資料や模型、当時の出来事を伝える展示が静かに迎えてくれます。
エルトゥールル号は、1890年にオスマン帝国、現在のトルコから日本へ派遣された使節団を乗せた軍艦でした。
日本での任務を終え、帰国の途についた直後。
船は串本町の樫野埼沖で暴風雨に遭い、岩礁に衝突して沈没しました。
暗い海。
激しい風。
打ち寄せる波。
多くの乗組員が命の危険にさらされる中、串本の人々は立ち上がりました。
相手は、言葉も文化も違う異国の人々でした。
それでも、目の前で助けを求める人を見捨てることはできなかったのだと思います。
地元の人々は、生存者を救助し、衣服や食料を分け合いながら懸命に介抱したと伝えられています。
この出来事は、のちに日本とトルコの友好を語るうえで欠かせない物語となりました。
トルコで今も語り継がれる串本と日本の友好
トルコに仕事で何度も訪れている方から、こんな話を聞いたことがあります。
トルコの人々は、日本に対して親しみを持っている方が多い。
その理由のひとつとして、エルトゥールル号の話があるそうです。
実際に、その方はトルコ人の友人から「エルトゥールル号の話は学校で習う」と聞いたことがあると話されていました。
海を越え、国を越え、世代を越えて
日本では、串本とトルコの関係を知らない方もまだ多いかもしれません。
しかし、遠く離れたトルコでは、130年以上前に串本で起きた救助の物語が、日本との友好を象徴する大切な歴史として語り継がれているそうです。
串本の人々が行った救助は、その場限りの出来事ではありませんでした。
海を越え、国を越え、世代を越えて、人々の記憶に残り続けている。
そう考えると、串本という町が持つ歴史の深さを改めて感じます。
外から来た人を受け入れる串本町の空気
串本町を歩いていると、どこか開放的で、外から来た人を自然に受け入れるような空気を感じます。
海に囲まれ、古くから人や文化が行き交ってきた土地。
その積み重ねが、外から訪れる人をあたたかく迎え入れる気質につながっているのかもしれません。
エルトゥールル号の遭難時に、地元の人々が迷わず救助にあたったという話にも、そうした串本らしさが表れているように思います。
観光で訪れる人。
歴史を学びに来る人。
宇宙やロケットに興味を持って来る人。
目的は違っても、串本はさまざまな人を受け入れながら、今も新しい魅力を広げています。
トルコ記念館と宇宙ふれあいホールSora-Miruをめぐる串本観光
串本町には、自然・歴史・宇宙を感じられる場所が点在しています。
海に向かって立ち並ぶ橋杭岩。
エルトゥールル号の物語を伝えるトルコ記念館。
太平洋を望む樫野埼灯台。
そして、宇宙やロケットを楽しく学べる宇宙ふれあいホールSora-Miru。
トルコ記念館では、串本が海を越えて世界とつながってきた歴史にふれることができます。
宇宙ふれあいホールSora-Miruでは、ロケットや宇宙開発を通じて、これからの未来にふれることができます。
過去に海を越えて世界とつながった串本。
そして今、宇宙へと視野を広げる串本。
その両方を感じられることが、この町の大きな魅力です。